865終☆▲超長嘘) いつか試される時に①自然災害に乗じた犯罪から

865終☆▲超長嘘)いつか試される時に①自然災害に乗じた犯罪から

Zの話は
Bへ
(分かってもらう・分かってあげる練習)
・火事場泥棒の罪の重さとそれを決める目的は?
・俺・オマエ・お前の「当たり前の違い」の差
・裁き方によっては反省をさせられないことも
・子に正しい反省をしてもらうには親の機嫌で強弱をつけてはダメ
・友達を許せない時や、あなたが許してもらえない時や許すしかない時、逃げられる時
・火事場でも犯罪動機や背景理由を無視してはダメ
・適切な反省を与えられないと新たな被害者が出ることに繋がり、そのキッカケになる可能性
・お前たちはこんな話は苦手で、すぐ逃げるが自分が逃げるそれが元で周りにも「考えなくさせることを勧める人」になるそれを俺がどうにかする。個人の判断と責任を持たせる。これがとても面倒くさい。

♦︎自然+人 (カタチと中身、伝わってくるもの)

Aへ
・良き日本人を演じて疲れるのは悪い人と同じ。それが普通と言って終わらせないでくれ。
・何故お前は外ヅラだけになってるんだ?
・本物に成れば心から好かれて普通に楽しいぞ

Bへ
・飛行機事故の時に自分勝手な奴と一緒だと
・「自分さえ助かれば」という人と一緒だと「我先に」を誘発させられることにもなるだろ?
・普段から心良い者と信頼関係の中で生活していきたいというが普通の人々の願望であるなら
・実は「その人のつく嘘」にこそ人間性が
・嘘を知り、一度は考えておく意味の重要性は沢山ある
・勉強以外にも楽しんで頭を鍛える手段はある
・自分の為の勉強だけで頭を良くすると、人に対する態度に見下し比較基準が残る可能性が。
・頭の良し悪しに関係なく「自分()さえ良ければ」の考えを持つ者は周りがキツい。
・競争社会の中でも隣人や皆んなで楽しく鍛えられるものはある。心は特にね。

♦︎人災 (人との付き合い方の心の格差)
・何も楽しめないのは自分のせいだということ
・考えさせるのは人間として友達として大事!
・考えてる人に「考えなくていい」と言うなら
・「今は考えなくていい」としても、「後で一緒に」と言え。
・「テスト勉強をさせない」ことと一緒だろう
・オマエの言う知り合いや友達や親友とはどんな違いの使い分けか
・自分では気づけないクセに、言ってくれる友達を選んで減らし続けるオマエはそれら全てを人のせいにする
・俺のキツい言葉も成長次第で笑える様になる

・詰まらない関係(時間)とは中身が詰まってない
・話してて疲れる奴とは「本人に対する禁句が多い奴」こっちもおかげで言葉選びが不自然っぽくなる。そして不自然さを疑われ……ハァ
・「嘘も人間必要なんだよ」って言葉で責任が
・悪い嘘がこの世から簡単になくならいからこそ、一代で「そんなもんだ」的に結論付けてはいけない。

哲学者・研究者様へ
・俺がこの歳で覚えた今の時点での全てを伝えるから、その歳で覚えて何かに生かしてくれ。
・人類にとって長くかかる課題の研究者様達へ
・嘘について学問的なものではなく、一般的に分かりやすい善悪分類分けからの教育が必要
・俺とオマエの本能的言語認識遺伝の差から
・嘘は人類にとって蚊のような俺なら予防接種を
・僕ももちろん死ぬまで成功の元となる失敗をしていくのだろう。

「嘘はついてはいけない」ではなく「嘘が損」を。
この国なら先頭に立って出来る。逃げなければね
そしていつか嘘のおおもとにある真実と背景にある問題を解決していき、納得の報いを確かめさせてあげることになるまでつなげていく





本 文

Bへ

(先ずは頭を使う練習問題だ。お前の答えなんて式の要素が狭く少ないから「すぐ答えを言う」か、結局「出しきれない」かのどちらかだろうからな。とにかく「自分の今の意見(答え)」を知れ。)

日本で災害が起きた時

そこに乗じて金品を奪うことがある

「火事場泥棒」というやつだ

生きてく為の最低限の本当に必要ならしょうがないのだが、、

俺の言っているのはそれ以外の

人の不幸につけ込んでの「自分さえ良ければ」の極みだろう。

 これにはさすがに怒る人達が多いだろう?

 他の時なら同じように盗られても、こんなに怒らないだろう?何故だ?

だが当たり前のこれもちょっとだけよく考えておかないといけない。

「罪の重さをこちら(被害者)側の基準で決めていないか?」

盗む人にとって生きるか死ぬかの状況なら、火事場側の状況なんて関係ない場合がある。

 災害がラッキーな場合とアンラッキーな場合があるということ。これでいいかい?

ここから一般の人も考えておいてほしい。

罪は、同じ「万引き」でも内容が加害者側も被害者側もその時々で様々な状態であるが、罪の重さを決める目的は、被害者が納得できるものなのは、(死刑以外は)加害者の更生が一番なくてはならないものなのではないかと。

違うか? (個人()的には被害者側の気持ちを当然尊重するが。)

 更にここから考えて、人が裁判所以外で裁く時に、罪人を出来るだけ適切に裁くことをしないと、裁き方によっては反省をさせられないことになる

隣人の嘘はもちろん、しっかりと言葉の真意を見極めての判断をしないと、、

これもこちら側のイチ個人気分や都合で決めていないかい?

それだと本人達はラッキー・アンラッキーになり、正しい反省をさせられない力が働く

(もちろん火事場泥棒する奴は許せない。俺個人ならきっとお前たちよりかなり厳しい判断を下すだろう)

同じ地域の同じ状況下で

死ぬか生きるかの状況で、たまたま盗みに入った家が、たまたま被災者宅だったため厳罰。

いつものように遊ぶ金欲しさで、入りやすい家を探して入った家が、たまたまとかね、

 これでは

とにかく、裁判官はここら辺はもちろん考えているが、これらは一般の僕らも個人的に裁く時はちょっとだけ頭に入れておかないと、その人のその後のためにならない。

 ラッキーを繰り返し与えることになれば君が許したそれはただの気取りだ。

 オマエとソイツが気持ちいいだけで、被害者はまた新たに増えるというわけだ。

 そのキッカケにお前もなるかも知れない。

子供を叱る時も、オマエのタイミング的な機嫌と顔色で怒られる量が変わるなら子供の反省と成長はどうなる?

友達を許せない時や、あなたが許してもらえない時や

さてと、お前たちは(人が苦手だから)こんな話しからはすぐ逃げたくなるだろう?あはは。

「偉そうに言われなくてもわかってます!」ってか?

 まあ今回逃げたのなら、君はもう一生考えないだろう。そしてこの話題がどこかで出る時に、「そんなに考えることないよ!しょうがないじゃん」派となり、周りの人達をどんどん考えなくさせる方向へと空気を作る人となる

 そして俺は、そのあと「いや、本当は考えていくべきだなんだよ」と言葉を残す。

そんな俺たちと分かれたあと

サルは地上に降りなかったんだ。

でも猿は目がアウト怒る。

確かに俺たちより上の高い場所に住んでいる

木の上から見下せるというだけ。

俺達をどのように見ているのかなあ。

そういえば確かオマエも目がアウト。

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)いつか試される時に②自然+

Aへ

さてと、話しを戻すぞ。

日本人の良さである、人情や情け、思いやりからの助け合い、優しさ、分け合い、譲り合い、、そんなものが外ヅラだけになっていないかい?それでは帰ってきてから疲れきってしまっているとかだよな

外ヅラだけでも悪くはないが、俺はもったいないと思うんだよ。

それに悪人もな、善人として外ヅラを演じてるから、アイツらも疲れてるはずだぞ。お前たちと同じでは?あはは

カタチから入ってきたとしても

ちゃんと本物の中身が身についていれば

人付き合いもラクで楽しめるものになる。 

(→「カタチから入るとは」)

難しいのは分かるけど、コレを頭に入れておいて意識を少しずつね。

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Bへ

例えば 地域停電により「信号機が機能しない町で どれだけ事故なく出来るか」や 

飛行機事故やビル火災での脱出時にどれだけの最大数を救えるのかは、もちろんやってみなきゃわからないとしても、そこに後悔しない最善の結果があるとしたら、1人1人の「自分さえ良ければの動き」が抑えられたところにある。

普段から心良い者と信頼関係の中で生活していきたいと願うのが普通の人々の願望である。

 誰もが多少の嘘はついていると思うが、普段から嘘を平気でつくような人と一緒に飛行機には乗りたくないだろう。

 何故だか、わかるかい?

もしお前が飛行機事故での脱出の際にこういう人と乗り合わせていると、「自分さえ助かればいい、我れ先に!」という気持ちを誘発させられることにもなるだろう。

これは嘘つきの根底にある「自分さえ良ければ」という言動・行動の真実だからさ。

一緒に行動するということは、普段から心のどこかで警戒している分、無駄なストレスを受ける側面から考えても。なかなか楽しめるものではない。

だからといって「嘘を全くつかない人などいない」となれば、我々・自分達はどこを見て信用できる相手を選んでいるのかということを考えてみると、実は「その人のつく嘘」にこそ…○○○となる。

(ただここで一度言っておくのは、自分は嘘つきと一緒だと「我先に」となるが、それは相手も同じこと。だからこの関係はお互いが信用してないという、人のせいだけではなく自分のせいでもあるだとしたら自分から変える者が上がっていくというより何も考えず人のせいにする者は、目がアウト(合うと)相手を睨むだけになるのかもしれない。)

 「自分さえ良ければ・自分が一番可愛い」という心は生まれた時から本能に誰にでもあると思うが、その心を、その状況の中でどれだけ抑える理性判断の強さがあるかが人間の心の強さ。

知識、頭の良さだと、反論して逃げたところで単純な現場では心が大切なのは、考えればわかるだろう。

 まぁここまで話せば 嘘を知り、一度は考えておく意味の重要性」がわかる人には理解してもらい、「良いも悪いも、大小様々な嘘が全て一括りにされている現状」をこれからは少しずつ分類し、更に分けて細かく理解した方がよい時期に来たと考えてます。

 俺たちは知りたいことは何でもすぐ調べられるようになったし、電話番号も記憶する必要もなくて、目的地までのナビも渋滞を外してくれるし、友達も減ってしまって、個性の乏しいロボットのような奴らの中で、頭を使って更に頭を良くするためには、一体何で楽しみながら頭を鍛えることが

 君は、記憶力、アドリブ力、人間力をどこでどうやって楽しみながら伸ばすつもりなのか教えてくれないか?

頭を細かく鍛えることが、誰もが求める『報いの証明』にも繋がっていくことになる。

 さあ、頼むぜ!皆様。

勉強で頭は鍛えることができるが、人の気持ちを考えたり、行動を理解したり、動きの先読みしたり気を使って何をすべきか考えたり、笑わせることを相手によって変えることを考えたりすることでも頭は鍛えられる。しかも心まで。

勉強だけで頭を良くすると、、、オマエのように人に対してそんなふうになってしまうこともあるぞ。

 バランスを取るためにも。発想や発案も1つの脳からの答えで自信満々になってはいけない。

 大人だって競争社会の中だとしても、隣人や皆んなで楽しんで脳を鍛えることができるはずだ。身体もね。心は特にね。

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Cへ

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)いつか試される時に③ 人災「人との付き合い方の格差」

B・Cへ

何も楽しめないのは自分のせいだということを最終的には思い知ることとなる「オマエの友達付き合い」も減らし、スマホゲームとゴマスリに暇と頭を使い、本当の至上の愛も諦めて、愛人に自分を曝け出した方が失う時に傷つかない自信が無い人間の「とにかくカタイ人生」なんだろうな。

 今からキツいアドバイスをしてやる。

俺についてこなくていいから、頼みがある。

・もしも君の側で、何か「考えて、悩んでる人間」が居たら、その人に対して、その場の雰囲気だけで「そんなに考えなくていい」と決まり文句のように言わないでくれ。

 考え抜いた俺なら、その場の状況判断ではそれを言ったとしても、その後にちゃんと考えさせることに戻して相談にも乗るが、オマエの場合は「その場さえ良ければいい」というだけの、自分の為に何も考えなくさせるだけの方向の目的なんだからな。

「“自分がしないから”」を理由に周りの人間にテスト勉強させないだけの言葉と同じだから、オマエの口からだけは「そんなに考えなくていいよ」とは言わないでくれ。それか「今は」と付けたりしてあげてくれ。

平成が終わり、これからは

仕事ベースで拡大や成長を求めた時代から

質を求める時代になるが、プライベートな心の成長だけは置き去りにされてきたのではないか?…またこれからも。

僕が見てきた人間の「人との付き合い方の心の格差」が酷い

 プライベートでの人間関係をどうしていいのか分からない奴ばかりの中で、その言い訳は一辺倒。俺が集めた心を曝け出してやるから。少しくらいの言葉の粗さで読み取れなくなるなら、リアルな世間でも人の本当の声など見えるわけがない。ここで読むのをやめてくれて大丈夫さ。

 元々僕はオマエを心配してるんじゃない。

オマエの周りの人間を心配しているだけなんだ

別にオマエからでなくても、別のルートからでオマエの周りの方々に辿り着けることはできるからな。

 オマエ1人を変えるのは「ミンナが変わればショウガナク変わるしかない」んだもんな?

オマエは「友達の輪」を広げることを目指して「知り合いの輪」が出来たのだろう?

俺は「親友の輪」を作りたくて「友達の輪」を広げていく。

 俺とオマエはただの知り合いさ。

オマエに言わせりゃ

「知り合い」というのは、都合のいい時に出てくるだけの名前で、

「友達」というのは波風立てずの付き合いだろう?

親友は読んで字の如く。

オマエの場合は「(一番)親しげ」と読むのだろう?

俺の場合は「親のような」だ。

「親しげ」だから一緒に居て一緒に考えなくさせるのか?自然に考えなくなるだけなのか結局そんなラクな方向ではそのうち心は切れる。詰まるわけのないオマエたちの関係。

「親のような親しい」、そして一緒に問題を確かめながら考えてあげられて、答えが嫌なことでもちゃんと考えて苦楽進化の成長進歩のし合える楽しい付き合いで助け合えるたくさんの心が詰まった関係。

詰まらない関係(時間)」とは、関係として詰まっていない。つまり、関係に中身が無いから、関係自体無いに等しい。だから簡単に疎遠になる。というより心は疎遠のまま、ただ会って互いの暇を突き合わせていただけの関係さ。

(俺の話しは)きっと誰もオマエには言わないキツい話さ。ここら辺で耳が耐えきれないなら無視してスマホゲームを楽しんで頂けたら幸いです。

 だが、気にすんな!こんなもんを自費で書いてる俺の今も一人孤独さ。俺という存在の現状にはこの話をする説得力などないだろう?

 コレを書いてる今の僕に言われたくらいどうってことないはずだ。

オマエにとってはこの世で唯一の「コイツに言われたくない」という全てを持っている相手が俺だろうからな。あはは。
いつものように言ってくれていいんだぞ。
「おまえに言われたくないわ!おまえだって人のこと言えないじゃないか!」ってね。
どうだい?

 そしてこれもまたオマエの報いさ。

周りの人達をいつも黙らせてきた割に、自分をどうすることもしてこなかったんだからな。

こんな僕の言葉からの屈辱を乗り越えて、理解よりももっと先にある「実力」として身につけていけるのかどうかさ。

 身に付ける自信はあるが、俺のこの言い方が気に食わないなら、帰ってママに読み聞かせてもらえばいい。オマエの「だからできない」という言い訳なら全て彼女達は知っていて、困っているから俺の出番なんだからな。

結局自分で気づけないオマエが、友達を選びながら減らし続け、遠い縁の最後に残る親友の俺の言葉を無視し切れるか、優しい言い方のママに読んでみてもらえばいいのか、周りの様子を見てミンナの行動だけマネてついてくるのか。

 どれでも自分の自由なんだ。

だがな、ココからさ。

兎の後をつけているオマエとは、変わらないどころか平均的なものは何も持っていない僕が、それでも余裕の顔して亀を見送った後に玉手箱を開けてしまった感じのココからが男の俺のスタートさ。

 さすがに、もう誰にも頼まれてもないのにヤル。こんなお節介の内容から自分を解放してやり、ここから先は一人でも多くの人と出会っていきたいという熱で進んでいくさ。

その前に俺の言葉を黙らせてたいか?

なら、毎日を一生懸命生きてみろ。

それが難しければ、真面目な人を謙虚に支える気持ちを持て!決してその人たちの気分を害するような言葉を発するな。

そしたら

俺のこんなキツい言葉はそのうち聞こえなくもなし、笑えるようにもなる。だがな俺の言葉を真似るようになるなよ!ただただ煙たがられ、嫌われるぞ!あはは。

そしていつか俺に教えてくれよ、「そんな言い方してるとダメだ!」ってな。

 「親友しかいなくなるぞ」ってな!あはは。

痛い言葉はな、言ってくる相手を黙らせたところで現実は何も変わらないままなんだ。

 そうやって周りの人間を遠ざけてきたのだろう?

「言われたくない・言っちゃいけない言葉」を持ってれば持っているほど、とにかく付き合いにくいんだ。

それくらいオマエでも分かるだろう?

 痛みの原因のそれは、オマエが努力で何とかするか、1つ居場所のランクを落としてラクに生きるかさ。相手を黙らせることが答えではない。

「ママのおっぱいが足りないんです」といわんばかりの奴が、最低限残った周りの人間に対し偉そうに吠えて期待させるな。

 こんな言葉が痛いヤツと、全く関係ない奴がいて、そのどちらも正しい生き方さ。

 なーんて優しい言葉で毎回締めくくってやるさ。

頑張っても、頑張らなくても、がんばれなくても、全てを応援するさ。

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Aへ

哲学者、教授様へ

そして、これら嘘を、良い嘘と悪い嘘までを一括りにしていることで、否定しきれずに嘘についての結論を出すと、あやふやになってしまう。

  悪い人にとっての都合」でいう嘘の定義範囲と普通に騙さない人・騙される側の言う「嘘の定義や範囲」は全然違うのですから。

  とにかく最低でも、良い嘘と悪い嘘を出来るだけ具体的にはっきりと基準を定義し、分けていかないと、嘘についての知識を求めた読み手の意識をグダグタにしてしまうことになる。

  それは僕ら人類にとっては、もうそろそろ良いことではなくなっている気がする

この国なら先頭に立って出来る。逃げなければね。

このまま嘘に触れず、嘘を自由にして何となくも「ショウガナイ」として、結果肯定するしかないのは結論的には敵も作らず簡単でいいが、それでは何も変えられない。

あなた方は、頭の良さと金の力に置きかえた力で走り続けていれば何とかなるとお思いかも知れませんが、

どうにかできるはずの悲しみに対して冷た過ぎるから、何か少しだけ「人付き合いの種」を蒔くべきだろう。

学問の枠から出して、少しずつ具体的に広めていくこと。学問は学問的にも進めて正しい判断を突き詰めてほしい。

  嘘の中にある人間臭さなんてのは、俺もよく分かる。嘘の中にこそ見えるものや、計れるものがある。だが、これは「勉強なんてしなくても大丈夫なんだよ、ちゃあんと生きていけるから」と言っているようなものです。

応援すべき人を応援することにはなっていない。「だから探さなくてもいいんだよ」ということになる。

追求するべき理想を諦めた人間のくせに、そこまでしか出来なかったと言う言い訳に、逃げれる自信と人間社会を上から見たつもりの答えである。

# 1

 逃げ道は作ってあげるべきだが、作らなくても(普通の人も含め)勝手に逃げ道を常に探している者しかいないから「嘘について」を分析し始めたはずです。

 誰だってこんな話しはどうでもいいはずだが、俺の場合は「報いの証明」からの必要性だからやるしかない

  きっと、「嘘はまだまだ現実的に色々とある“格差”からもショウガナイ」としても、それを、立派な人間、有名な人間が言えば言うほど、「諦めという結論」は、影響力があるので、気をつけていきたいし、僕も注意していかなければならない。

なので、「嘘が損」の内容も自分の知識アピールの文章ではなく、分かっている人に「そうだね、その通り!」と言ってもらえるだけの文章ではなく現実的に変えなければいけないところに合わせた言葉を。必要なだけ

(さてと、話を戻して、「皆さん、そのまま、今まで通り、嘘は権利であり自由でしかないのであります」などと結論づけてしまうのなら。
 もしこれが本心なら、最初から分かっていたことで、最後まで解き明かせなかっただけの結論ありきの話しさ、次に研究を繋げる人々に失礼な一言である。)

「まーまーまー、人間なんてそんなもんなんだから、嘘もしょうがないんだよ」なんて奴は自分の身内や自分の子供が「他人からのキツイ嘘」からの犯罪を喰らったことが無いんだろうな。

 こんなふうに俺が言うと「偉そうに言いやがってじゃあおまえは嘘を完璧に解き明かせるとでも言うのか!?」って言い返して来そうなのだが、僕も嘘についてを完全に否定出来るわけがないのかもしれないが、出来ないわけがない可能性もある。

「だからこそ!この先も皆んなで追求していかなくてはならない問題に水をさすな!」と言いたいし、自分の研究で全て完結したかのように言えば、そんな考えの奴に協力要請や感謝もしたくなくなる。

二度と研究させたくない。嘘以外の、イジメ問題など他の研究に対しても同じだろう。

 10年や20年、100年くらいの研究で簡単に「悪い嘘」がこの世からなくなるものではないのだから。

 俺もこの内容は次の世代に引き継いでもらわなければならないのだから。

なーんてね。偉そうな説教になってしまい、すみません。

本気でぶつかっていかないと、テーマがテーマなだけにね。

僕も こんな難しいテーマをやること自体色々言われることは覚悟の上さ。

 決めつけ言葉なんて、よっぽど俺の方が酷いとも思うけどね。口調は荒らし、言い方は汚いし。

アハハ。

(そうそう、ミンナ達の言う通り俺は

「自分に甘く人に厳しいクソ男!」さ。

好きなように言ってもらって構わないぜ。)

ただ、大学関係者では、世間一般の下々の人々の本音の部分のデータを集めることのできる人はいないだろう。
学生さんじゃ未成年のデータだろうし、、
 社会に出て現場での(上下左右の人に対する)リアルな人々の生々しい声の感覚データは地位のある人が聴き込んで集められるものではない。


◆「嘘は自由なんだし、権利であるし、誰だってついてしまうものさ」

そして、不特定多数の方に見ていただくこととなると、責任からも、優しさからも、「嘘はついてはいけない!」とは(国民全体の認識が嘘が分類分けされてない認識の時点では)言ってもいけないのは当然です。

なので気持ちは分かるのです。

 だから 俺も気をつけようと思う。

ありがとうございます。

俺よりも早くに「嘘について」を研究してくれているだけで心が助かりました。嬉しかったのも事実です。

 そして、こうして僕が書く内容の方がツッコミどころ満載なのだとも思いますので、遠慮なくどんどんご指摘ください。

(なんだかツンデレみたいですが、親友とはツンデレでいい。暴力さえなければ。)

   どうか・どうぞ遠慮なくお願いします。

そんな俺も、「つもりない軽くテキトーな言葉で人を傷つけたこと」や「間違っていた自信」で世の中で大小たくさんの失敗を重ねて、たくさんの後悔をしたし、これは今でも続いていて、更にこれからも、死ぬまで成功の元になる失敗はしていくのだろうけど、「できればなるべく失敗はしたくない気持ち」と、「それでもやらなきゃ前に進まないという勇気」のバランスを持って生きている

  だが、自身が成長するための反省は、自分の中にある内外〜多方面へ生かす工夫や応用ができたりしたことで、こうして世の中に出してもいい程の自信になっている。

 俺が今気付いていることを5つ下の奴に話しで気付かせられれば5年の進化さ。

 俺だって黙っていることも出来るが、それじゃあ冷たいだろう?俺は昔、俺のような奴に会いたかったのさ。それだけだ。だから今の俺の全てを吐き出す。俺がこの歳で覚えた全てを分け合いたいのさ。

話しを戻すが

俺は例え自分の人生内で 解き明かせることができなかったとしても、生きている間は勿論、人の心の中にある悪意と戦っていく人々の強い気持ちに協力するし「解き明かせる可能性を信じてやる」(研究し始める)初心とは、今後続いていく研究者達ときっと同じだと。

そしてこの初心で繋がり、より良いが協力できるはずさ。

そう、そしていつか嘘のおおもとにある真実と背景にある問題を解決していき、納得の報いを確かめさせてあげることになるまでつなげていく

 選ぶ道で大きく変わるなら、未然に防ぐ方が利口な場合が幾つもあるし、親や親友がタイミングや内容的にも直接関われるものばかりではないから、こうして普段からアドバイスを残すこともできる時代なんだ。

 1つ大きな場所をここに作っておきたい。

その総称が『報いの証明』さ

 例えば会社でも新入社員は「何がわからないかをわからない」のだから、「わからないことがあったら聞いてきてね」なんて当たり前のこと言ってイイ気になってる場合じゃない。

教えておかなければいけないことの中には入社後すぐに気付くワケないこともある。

一通りはこちらから置いておいてあげればいい。自分で考えさせるのは、「その上で」だ。と俺は言ってきた。

 若者に金も知恵も教えずに… おっと話しが逸れる。

だから、どんな研究でも、「いつか こうなったらいいなぁ」という理想が、各分野の各方面に課題としてあるならば、誰かが後々続いてくれることを考えて、「今の自分が出せる結論はこれでしかないが、、どうかこの先、これらのテーマに挑んでくれる君や君たちが、諦めずに進めていく心を応援させていただきます。」と締めくくっておきたい。

  とくに僕の『報いの証明』に関してはこの心でしかない。

よろしくお願いします。

まぁ「せっかくならもっと優しい言い方ができれば良いのにね」って言われるだろうけど、誰もやりたがらないこんな内容でなきゃ俺だって優しぃ〜く説明するさ。

お前たちは身体が小さい頃は嘘をつかなかった動物だが、身体が大きくなると金()の為に嘘言動が平気になる本能的言語認識遺伝があるようだな。

俺はそれを言語認識の異常遺伝と言い出すかもしれない。

俺の身体は大人(人間)になるにつれて、嘘言動は当然理性で抑えることを覚えてきている。

俺の遺伝子には言語認識遺伝がこのようになっているから俺の子供が大きくなった時に、周りのオスの嘘つきより損をしないように世の中を作っておいてやらないといけないんだよ、男親としてな。^_−☆

そしてもう一つ、

ただ一人、会いたい人がいるのさ。

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(#1こんな話を伝えた側の俺は敵を作りたくないが、敵になるなら仕方ない。ケンカになるなら相手はする。そして仲直りから逃げず、その上でどうにかして仲良くなってみせる、拒まれればそれまでだがね。)






865終☆▲超長嘘)いつか試される時に①自然災害に乗じた犯罪から

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